鈴木其一「藤花図」アールプレシ

¥ 192,240 SOLD OUT

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江戸時代後期  京都 細見美術館蔵

香り高く気品に満ちた小さな花を連ねる藤は、古来貴人や優美な女性になぞらえて愛でられてきた。本図は江戸初期の琳派画家のひとり、本阿弥光甫の作品に構想を借りたものであるが、其一は先例の堅苦しい印象を拭って、夥しい花の連なりを軽快に表している。まっすぐに房を垂れる三本の藤に対し、細い蔦がゆるやかに曲線を描く構図も江戸琳派らしい特徴である。鈴木其一(1796〜1858)は、抱一の内弟子として早くから師の作風を学ぶ一方、その没後は優れた個性を発揮して抜きん出た存在となった。本図の明快な色彩感覚、モチーフの形の面白さを追求する構成には、其一の優れた手腕が存分に発揮されている。


□鈴木其一(1796〜1858)

江戸中橋に生まれる。父は近江出身で山本氏と伝え、藍染めを営んでいたという。名は元長、字は子淵。必庵、庭柑子、噲々、元長、為三堂、鋤雲、祝琳斎などと号す。俳号鶯巣、通称為三郎。文化10年(1813)より抱一の内弟子であったが、酒井家の家臣鈴木蠣潭の没後、その姉りよと結婚し鈴木家を継いだ。
下谷金杉の雨華庵の西隣、石川屋敷に居住し、酒井家より用人格で150人扶持を得、晩年は医師格として180人扶持となった。天保3年(1833)姫路へ旅行しており、「癸巳西遊日記」にその様子が描かれている。なお、次女お清は河鍋暁斎へ嫁いでいる。安政5年(1858)9月10日、63歳で没、死因はコレラとも伝えられ、浅草正法寺に葬られる。其一ははじめ、師抱一の画風を素直に継承するが、次第に明快な彩色や構図による独自の様式を確立した。弟子も多く、実質的な抱一の後継者である。





本来の日本美術の飾り方に縛られることなく、現代のインテリア空間に合わせやすいマットブラックのシックな額装に仕立てました。浮かせ貼りによる立体額装で、フレームの中に絵画が浮いて見えるような特別感を演出します。

□商品仕様
材質 額:アルミ(マットブラック)/ 前面:アクリル / 絵画:和紙にアールプレシプリント

商品番号:NAPM-H004
額外寸法:約 H98㎝ × W42.4㎝ × D33㎝
重さ:約5Kg
付属品:細見美術館認定書